早いもので、

乳がん手術後の6ヶ月後検診が済みました。

皆様に、見守っていただいたからこその今があります。

本当にありがとうございます。

 

さて、このタイミングを知ってか知らずか…

わたしが、小学生の時、36歳で逝ってしまった母は

「余命6ヶ月の宣告」を受けていたことを

いまさらながら、風のたよりで聞きました。

「知らなかった〜」

 

そして、余命6ヶ月と言われつつ、

結局は宣告から2ヶ月で逝ってしまった…

ということも、最近になって知った。

 

時は、昭和ですから、

きっと、母本人にも言ってなかったでしょうし、

わたしも子どもでしたから、

それを私に言われて、どんな風になるのかすら

想像もつきませんが。

 

でも、もうすっかり、

わたしは、母の年上になってしまいました。

今の、わたしが36歳の母に言えるとしたら

「よく頑張ったね〜」って。

母との人生は、たった9年。

その後の人生は、

ずいぶん寂しい思いもしてきましたが、

36歳でこの出来事をよく受け止めてくれました。

ありがとう。

やっぱり、あなたは強いよ…

 

母は、がんで逝ってしまった。

そして、部位は違うけど、わたしもがんになった。

 

そういえば、

まだ「がん」だと、言われていない時

初回の病院で、先生が「難しい顔」をして

「もうひとつ検査するから、待合室で待ってて」

と言われた。

「わたしは、死ぬのか」と思いながら、

ふるえていた。

その待合室には、

ユ-ミンの「ひこうき雲」が流れていた。

あの時は、

ただ単に「大好きなユ-ミンの曲が流れているから

大丈夫」と、自分に言い聞かせてていたけど、

あれは、母からの

「まだ、こっちに来るな」というメッセージ

だったのではないか…

と、今、気づいた(笑)

 

時は、令和。

早期発見と医療の進歩に、

母からのメッセージに…救われ

今、ここに、わたしがいる。

 

「ありがとう」

 

今日は、湿っぽい内容で、失礼いたしました。

改めて、生かされていることは

当たり前でないということを感じた日でした。